微笑む階段

一人ひとりに階段がある。

 

どこから始まったのか、どこが終わりなのか、誰も知らない。

 

ある人は言った。この階段はそれぞれが一つの大きな天の国へと繋がっていると。

 

ぼくたちは今日も誰からか与えられたこの階段を登りつづける。

 

ずっと、ずっと、百年も二百年もそれよりずっと、ずっと。

 

時には立ち止まりたくもなるかもしれない。

 

そんな時、この階段は不思議なことに、話しかけてくるのだ。

 

「どうしたんだい?ちょっと話してみなさいな」と。

 

階段はただ聴いている。ぼくたちが足を止めたくなる怠惰を、言い訳を、情けを。

 

階段は微笑んでいる。こちらがズンとして話している時も、階段はいつも笑っている。

 

階段は、励ましもせづ、頑張れとも言わず、「うん、うん。そうかい、そうかい」とただ聴いている。ただただ、聴いている。

 

ぼくたちはある程度、怠惰と言い訳と情けを吐き出すだけ吐き出して、ぜえぜえと吐息を漏らしていた。

 

階段は変わらず微笑んでいる。

 

そしてふと、ぼくたちは、自分の胸の内側が空っぽになっていることに気がつく。

 

その瞬間、間髪入れづ階段が言う。「さあ、お立ちなさい。そして、お行きなさい。」と。

 

そしてぼくたちは、自分が座り込んでいたことにこの時初めて気づく。

 

再び立つ力を振り絞ると、不思議と足がまた進み始める。

 

普段はこの階段は足元に居て、歩いているときには気づきにくい。

 

けれど、つい足を止めたくなってしゃがむと、そこには微笑む階段がいる。

 

自分が階段を歩いていることに気がつく。

 

どこを歩いているのか、なぜ歩いているのかにも気がつく。

 

「立ち止まるのも、絶望も、案外悪くないだろう?」と階段は言っていた。

 

足元にじっと居る階段がどこに続くのかも、ぼくたちは、本当は知っている。

 

ずっと知っている。いや、知っていたんだ。