ほん

本がすきだ。

 

思春期に精神ばらんすを崩してから、本に没頭するようになった。

 

本は精神を調和してくれる

 

生命の源のひとつである。

 

本に宿るちから。

 

紙だからこその香りと、質感。

 

デジタルにはない、実体。

 

実体は、ずっしりしている。

 

本が、「いつもそばに居るよ」と、支えてくれる。

 

正真正銘、ぼくは本と共に生きてきた。

 

ぼくたちは、いつでも、本を支えに、生きてきた。

 

うれしいときも、悲しいときも、イライラしてるときも、安らかなるときも。

 

いつもそうだろう。

 

先人たちは、本を通して、生きる知恵を、ここまで繋いでくれている。

 

ぼくたちも、繋いでゆきたい。

 

まだ見ぬ世界へだって

 

ぼくたちは本を通して垣間見ることができるんだ。

むみょう

いまの社会は、あまりにも無明がつよすぎる

 

和の文化、日本の文化。

 

それらはたえず、無明を入れるな、と教えてきた

 

いまの日本の社会には、先人の声が届いているだろうか

 

そもそもぼくらは、耳をかたむけようとしているだろうか

 

無明は、心の純粋さを希薄化する

 

こころを濁す

 

だからこそ、立ち向かおう。

 

ただ無明に流されるのではなく

 

日本の先人の知恵・技を学ぼう

 

たとえば、座禅。

 

座禅を通して無明を落とし、心をあらう。

 

それは、いまからでもできる。

 

もちろん、続けるのはかんたんではない

 

だけど、続けるしか道はない。

 

厳しい道ではあるが、やるだけの価値は十分にある

 

さあ、はじめようか。

 

続けること、それはすなはち、向かいあうということだ。

 

ぼくたちにはできる。

 

いま、この瞬間からだ。

 

みらいはいま、この瞬間にあるのだ。

きず

きずは、つくと痛い

 

身体がきづいたり、心がきづついたり。

 

それは、ずきずきと、響いてくる

 

ぼくらはきづつきながら生きている

 

人は、その存在だけで、誰かを、なにかを、きづつけてしまう

 

きづつけ、きづつけられて。

 

そうして今という一歩がすすむ

 

だから

 

きづつくのがいやだ、と逃げようとすると

 

彼らは追いかけてくる

 

ずうぅぅと追いかけてくる

 

そんなときはくるっと回って

 

ぐわーっときずを受けとめてやろう

 

きずは、つくと痛い。とっても痛い。

 

でもその痛み、きずの響き、それらはすべて生きてる証だ

 

きみはまだ生きてるよって教えてくれるシグナルだ

 

だから、いやだーっと接するよりも

 

ありがとう、と

 

そう、きずに触れてみてはどうか

 

感謝のこころは、大いなるこころだ。

 

包み、響き、生かす

 

そんでもって

 

「そのきず、いいね」

 

ってみんなで笑い合えたら、さいこうだな

 

ぼくたちにはきっと、それができる。

 

 

かぎりあるものへの感謝

ぼくらはいま、生きていられる

 

いきを吐いて、また吸って

 

そしてまた吐いて

 

吸えなくなったらそのときは

 

このからだとも

 

その手をはなさないといけないときだ

 

いきていられるじかんは、限られている

 

ぼくらはいつか、いきが吸えなくなる

 

からだには、吸える限度があるからだ

 

息を吸うたびに、そのいっかい、いっかいを、からだは命をかけて、紡いでいる

 

吐く息に真心をこめると

 

からだは、“ありがとう”と、応えてくれる

 

ぼくらとからだ

 

感謝し合って、はじめて、“生きる”

 

いきを吐く度に、自らのからだへよびかけよう

 

今日もありがとう、と

 

いきをはく、その中に満ちている、

 

無限の瞬間を

 

いま、味わってゆこう

まるい

まるいってなんだろう

 

漢字で書くと、丸い

 

よくよくみてみると、不思議な字だなあ

 

ぼくらは、地球はまるいっておもってる

 

でも、ほんとかなあ、と疑問が、ふっと生まれた

 

ぼくたちにみえているものだけが、必ずしも真実とはかぎらない

 

ちきゅうがまるいのかどうか、しんじつは定かではない

 

ただぼくらには、そうみえているだけかもしれない 

 

まるいってなんなんだろうなあ

 

無限の丸さってあるのかなあ

 

よくわかんないけど、でもまるいって感覚はなんだかあるんだよね

 

それも、まるいってなんだか、美しい響きもあるんだよね

 

身体はいつもまにか、まるいってことを知ってんだよね

 

ただ、あたまが追いついてないだけ

 

ほんとうのことほど、目にはみえにくい

 

まるさのふしぎも、まだよくはみえない

 

そんなふしぎを、きょうもほくほくと味わって生きている

からだ

からだがいたい

 

なんだか、みしみしといっている

 

ふだんの生活の中では気づいていなくても

 

静かに座ってみると、ふとかんじること  

 

からだは、しんごうを送ってくれる

 

つかれてたら、「ねえ、つかれてるよ」とぼくたちにお知らせしてくれる

 

そのありがた~いしんごうを、きゃっちしてるかな

 

いつも、じぶんに問いかける

 

頭で考えるよりも、からだはずっと繊細だ

 

ときには静かに座ってみて

 

「お~い、いまはどんな調子だい?」と、からだに聞いてみると

 

どんな声がきこえてくるかな

 

ふとしたときに

 

思いがけない声が

 

聞こえてくるかもしれないよ

 

 

 

 

 

くも

くもは、見ていておもしろい

 

ふわふわと浮かんでいて、常に姿・形を変えている

 

じーっと見ていると、なにか不思議な景色が現れてくる

 

それはまるで、向き合う者への贈り物のよう

 

くもは、ぼくたちに、向き合うことの大切さを教えてくれる

 

そしてその喜びも、教えてくれる

 

いつもぼくたちの遥か上を、ふわふわと散歩しているくもたち

 

その大切な存在へ

 

すこしばかりでも目を向けてみる日があればいい

 

くもは、豊かな恵みを、今日も運んできてくれる